Blog
初めて入った中華料理店で、酒の入った父と、文系と理系の発想の違いと選択の関連性から始まって、江戸時代末期から明治にかけての怒涛の変化とその渦中の人物たちの理想と現在との変化についてとか語りました。
面倒くさくなったのか、文系と理系――では発言していた母も江戸時代末期から――に入るとしばらくして黙りこんでしましまいました。
結局私は文系ということで落ち着いたような気がします。あと、結局個人は個人であると。
良いね、私はこういう話がしたいんだたまには。
誰か語ろうぜ。
私は語るほど知らないですが語らないほど知らなくはないと思います。
いや、知らないか。ただ気が合う人となら結構のると思う。
いや…、気兼ね無い人…でしょうか?私が。
私の場合そんなのだいたい家族くらいしかいないような気もしますが。気兼ね無い人は。
気のせいだと良いなあ。
たまに弟ともします。核抑止力とか。古代文明とか。
この場合は私が反一方的に一方的な説明になりがちなんですが。
傍から見たらめんどくせー人たちですね。
若干哲学的社会的な方面に行きがちですし。
やっぱり私たちは文系なのか…。
でもなんか哲学はやりたくない。なんとなく。
はぁ、この先どうしよう。(←珍しく深刻)
PR
この記事にコメントする